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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)5971号 判決

原告

姜相仁

ほか一名

被告

東京都

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告姜相仁に対し金六二一万六五五二円、原告洪貴徳に対し金五七七万三六〇二円及び右各金員に対する昭和五一年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

訴外亡姜昌男(以下亡昌男という。)は昭和四八年七月一三日午後零時ころ、自動二輪車(足立ま四七〇三号、以下本件事故車という。)を運転し、東京都足立区青井五丁目一二番三号先の都道環状七号線の第一通行帯を綾瀬警察署方面から西新井大師方面に向け時速一〇ないし二〇キロメートルで進行し、通称花畑バス通りとの交差点(以下西加平交差点という。)の手前三三・一メートルの地点にさしかかつた際、第一通行帯の歩道縁石寄りから〇・四五メートルの幅のコンクリート舗装部分が、他のアスフアルト舗装部分より約三センチメートル低く、その境目が段差をなしていたため、右段差に自車のハンドルをとられ、急制動の措置をとつたが平衡を失いぐらつきながら斜め左前方に進行し、自車の車輪が歩道縁石に衝突したため右側に横転し、折から同一方向に進行中の訴外鳴沢章吾運転の普通貨物自動車(足立一一あ五六〇五号、以下鳴沢車という。)に胸腹部を轢過され、胸腔内、腸腔内臓器損傷の傷害を受け、同日午後三時二〇分ころ同区内の西新井病院で死亡した。

2  (責任)

(一) 本件道路は被告東京都の管理する都道であり、被告東京都は車両の安全運行を確保するため、道路を常時良好な状態に維持し、路面の平坦を守るべき義務があるところ、本件道路は幅員が一六メートルで、幅一メートルの中央分離帯があり、片側が中央分離帯寄りから第三、第二、第一通行帯に区分され、各通行帯の幅は、第三通行帯が三・三メートル、第二通行帯が三・二五メートル、第一通行帯が〇・九五メートルで、第一通行帯の前記西加平交差点から綾瀬警察署方向へ約四六メートルにわたり、歩道縁石から幅〇・四五メートルの部分が、コンクリートで舗装されているほかはアスフアルト舗装されていたが、右アスフアルト舗装部分とコンクリート舗装部分との間には前記のように約三センチメートルの段差があつて、自転車、自動二輪車の走行上危険であるにもかかわらず、これを放置し、そのために本件事故が発生したものであるから、被告東京都は国家賠償法二条一項に基づき右事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 本件道路の設置、管理に瑕疵があつたことは前記のとおりであり、被告国は道路法五六条に基づき本件道路の建設及びその管理について費用の負担をなしているので、設置管理費用負担者として国家賠償法三条一項に基づき同じく後記損害を賠償すべき責任がある。

また、被告国が、本件道路の建設に関し道路法五六条、道路整備緊急措置法四条に基づき支出した費用が地方財政法一六条による補助金に該当するとしても、それが支出された以上名目の如何を問わず国家賠償法三条第一項の適用の関係においては費用というべきであるから、被告国は費用負担者として損害を賠償すべき義務がある。

3  (損害)

(一) 入院治療費

原告姜相仁(以下原告姜という。)は、その実子である亡昌男が本件事故による傷害の治療のため前記西新井病院に入院し、入院治療費として金一四万一九五〇円を支出した。

(二) 文書料

原告姜は本件事故により文書料として金一〇〇〇円を支出した。

(三) 葬儀費

原告姜は、亡昌男が本件事故により死亡したため、その葬儀をとり行ない、右費用として金三〇万円を支出した。

(四) 逸失利益

亡昌男は本件事故当時一六歳で東京都立京橋高等学校第二学年に在学中であり、本件事故により死亡しなければ二〇歳から六七歳になるまで稼働し、毎年金一三四万八三〇〇円の収入を得たはずで、生活費として右収入の五割を、また年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式によりそれぞれ控除し、更に、同人が二〇歳になるまでの一か月金一万円の割合による。その間の年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除した養育費の現在価格を控除すると、左記計算式のとおり、亡昌男の死亡による得べかりし利益喪失による損害は金九五四万七二〇四円となる。

(計算式)

六七四、一五〇(円)×(一八・三三八九七六六三-三・五四五九五〇五)-一〇、〇〇〇(円)×一二(月)×三・五四五九五〇五=九、五四七、二〇四(円)

(五) 相続

原告姜は亡昌男の父であり、原告洪貴徳(以下原告洪という。)の亡昌男の母であり、いずれも亡昌男の相続人であるところ、右(四)記載の損害賠償債権を大韓民国民法により法定相続分に応じ二分の一ずつ相続により取得した。

(六) 慰藉料

原告らは本件事故により亡昌男を失ない多大の精神的苦痛を受けたが、右苦痛を慰藉するには各金三〇〇万円が相当である。

(七) 損害の填補

原告らは、自動車損害賠償保障法一六条により前記損害のうち金五〇〇万円の支払を受け、その二分の一ずつを原告らの前記損害に充当した。

(八) 弁護士費用

原告らは本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に依頼し、手数料及び謝金として合計金一〇〇万円を原告らにおいて均分負担のうえ支払う旨約した。

よつて、原告らは被告国に対し国家賠償法三条一項に基づき、被告東京都に対し同法二条一項に基づき、原告姜については金六二一万六五五二円、原告洪については金五七七万三六〇二円と右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  被告国

(一) 請求原因1の事実中、コンクリート舗装部分の幅は認めるが、アスフアルト舗装部分とコンクリート舗装部分との間に原告ら主張のような段差があることは否認し、その余は知らない。原告らが第一通行帯と主張する部分は車両通行帯ではない。

なお、本件事故当時、アスフアルト舗装部分とコンクリート舗装部分との間には約一センチメートルの高低差があつたが、この接続面はなだらかなすり付けがなされており、段差はなかつた。

(二) 同2、(一)の事実中、本件道路が被告東京都の管理する道路でアスフアルトで舗装されていたこと、各通行帯の幅、第一通行帯のコンクリート舗装部分の位置、その長さ及び幅は認めるが、原告ら主張のような段差があつたことは否認する。

(三) 同2、(二)の主張は争う。本件事故現場附近道路は環状七号線街路築造工事の一環として昭和四〇年ころ新設されたが、その際右道路建設につき被告国は道路法五六条、道路整備緊急措置法四条に基づき補助金を交付した。しかし本件都道に対してはその維持管理費用として補助金は交付されておらず、また、昭和四七年三月ころになされた本件現場附近のゴム入り滑り止め舗装工事、及び同舗装部分と街渠のコンクリート舗装部分との間をなだらかにするすり付け工事に対しても、被告国は補助金を交付していない。

そして、道路法五六条に基づく補助金は地方財政法一六条の補助金に該当し、右補助金は同法一〇条、一〇条の二、一〇条の三、一〇条の四などに定められた補助金とは支出の義務性のない点において異なつていて、同補助金を交付したからといつて国家賠償法三条の費用の負担には当らない。

仮に、これに当るとしても、本件都道は被告東京都が管理し、その管理費用も同被告において負担しているのであり、被告国は道路の設置の始めに補助金を交付したのみで、当該道路の完全な維持について恒常的に関係しているとはいえず、法律上も危険防止の措置を請求し得る立場にもないから、被告国は本件事故につき費用負担者としての責任を負うものではない。

(四) 同3の事実は知らない。

2  被告東京都

(一) 請求原因1の事実中、亡昌男が原告ら主張の日時場所において、訴外鳴沢の運転する鳴沢車に轢過され、同主張の傷害を受け、同主張の日時場所において死亡したこと、本件道路が一部コンクリート舗装部分を除いてアスフアルトで舗装されており、コンクリート舗装部分の幅が同主張のとおりであることは認めるが、アスフアルト舗装部分とコンクリート舗装部分との間に三センチメートルの段差があることは否認し、その余は知らない。

本件道路は片側二車線の車両通行帯と路肩(側帯部分〇・四五メートル、街渠部分〇・五メートルである。)から成つており、原告らが第一通行帯と主張する部分は前記路肩部分である。

また、本件事故当時本件路肩部分のアスフアルト舗装の側帯よりもコンクリート舗装の街渠部分が約一センチメートル低くなつていたが、右接続面はなだらかなすり付けが施されており、段差はなかつた。

(二) 同2(一)のうち本件道路が被告東京都の管理する都道であること、本件道路、中央分離帯、各区分帯の各幅員、コンクリート舗装部分の位置、その長さ及び幅が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の主張は争う。

本件道路には原告ら主張のような段差はなかつたことは前記のとおりであり、被告東京都において、その設置、管理に瑕疵はなかつた。

仮に、斜めにすり付けられた約一センチメートルの高低差といえどもこれを放置したことが道路の管理の瑕疵に当るとしても、本件事故車の車輪の幅は八センチメートル以上もあり、走行中安定性もあるものであるから、右の程度の高低差によつてハンドルをとられるなど運転操作に影響を受けることは一般的に考えられず、本件事故の原因は、運転の未熟な亡昌男が注意を払わずに狭い路肩部分に本件事故車を乗り入れてバランスを失なつたことにあり、右瑕疵と本件事故との間には因果関係はない。

(三) 同3の主張は争う。

三  被告東京都の抗弁

1  (定額賠償の抗弁)

仮に、被告東京都に損害賠償責任があるとしても、亡昌男及び原告らの国籍はいずれも大韓民国であり、右の者らがわが国の国家賠償法の適用を受け得るためには、大韓民国の法律において日本人が被害者となつた場合、同国またはその公共団体に対し、わが国の国家賠償法と同一または類似の損害賠償責任を問い得ることが必要であるところ、大韓民国の国家賠償法によると、外国人が道路、河川その他公共の営造物の設置もしくは管理に瑕疵があるため財産、生命もしくは身体を害されて損害を被つたときは、相互の保障があるときに限り国家賠償法の適用を受け、国または地方自治体に対し損害の賠償を請求できることとされている(五条一項、七条)が、同国の国家賠償法三条、九条及び同法施行令(一九六七年四月一三日大統領令三〇〇五号)によれば、賠償については審議会前置主義を採り、しかも賠償額を定額化している。したがつて、被告東京都も右の定額の範囲でのみ責任を負うにすぎない。

2  (過失相殺)

亡昌男は、狭い本件路肩に、ハンドル幅七七・五センチメートル、全長二・〇九メートルの本件事故車を進入させた場合、歩道縁石寄りの車両通行帯を通過する車両と歩道縁石、又はガードレールとの間隔があまりないため、ハンドル操作上極めて危険な状態になることを充分に承知しながら、敢えて本件路肩に進入し、また、元来路肩は車両通行帯ではないから、本件路肩を通行する場合には車両通行帯を通行する場合よりもより一層の注意を払わなければならないのにも拘らず、亡昌男は友人の家に行くのに急ぐあまり歩道縁石寄りの車両通行帯を折から通行中の車両に注意を払わなかつたもので、それらの点において過失があるから、賠償額の算定にあたつて右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  亡昌男及び原告らの国籍がいずれも大韓民国であること、大韓民国国家賠償法に被告東京都主張のような規定があることは認めるが、その余の主張は争う。

被告東京都は定額の限度で責任を負うにすぎないと主張するが、次のような点から右主張は理由がない。

(一) わが国憲法は国際主義を基本的原則の一つにしており、一七条において権利享有の主体を「何人も」と定めていることからも、外国法がわが国の国家賠償法より下廻る要件を定めている場合にはわが国の国家賠償法が適用されるべきである。

(二) 大韓民国国家賠償法とわが国国家賠償法と責任成立要件に差異はなく、したがつてその損害額については、わが国における国情、収入、生活内容等を勘案し、日本国民に対するのと同様な補償がされなければならない。

(三) わが国国家賠償法六条の「相互の保障」が、外国人の本国法において定額賠償と定めている場合、右の限度で責任を負うにすぎないことを含むのであれば、右の部分は内外人平等主義を定めた憲法一七条に反し無効というべきである。原告らは、戦前から本邦に居住し、今日まで日本人と同様の生活をし、大韓民国が独立国家となつたので日本国籍を喪失したにすぎず、亡昌男も本邦で出生し学校教育法で定める高等学校の生徒であつたから、損害額に差を設けることは違憲というほかはない。

2  抗弁2の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  亡昌男が原告ら主張の日時場所において、訴外鳴沢の運転する鳴沢車に轢過され、同主張の傷害を受け、同主張の日時場所において死亡したことは原告らと被告東京都との間においては争いがなく、原本の存在及び成立につき争いのない甲第三、第四号証、成立について争いのない乙第三号証の一、本件事故当時本件事故現場を撮影した写真であることについて争いのない乙第三号証の二、証人佐々木一成、同黒沢喜代志、同浜田発一の各証言、原告姜相仁本人尋問の結果を総合すると、亡昌男は昭和四八年七月一三日午後零時ころ、本件事故車を運転して、東京都足立区青井五丁目一二番三号先の都道環状七号線の道路左端寄りを綾瀬警察署方面から西新井大師方面に向けて進行中、西加平交差点の手前約二六メートル附近において右側に転倒し、その右側を走行していた訴外鳴沢の運転する鳴沢車に轢過され胸腔内、腹腔内臓器損傷の傷害を受け、同日午後三時二〇分ころ同区内の西新井病院において死亡したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

二  原告らは、本件事故は、亡昌男が本件事故車を運転して、本件事故現場附近にさしかかつた際、本件道路の左端のコンクリート舗装部分が他のアスフアルト舗装部分よりも約三センチメートル低く、その間に段差があり、同段差にハンドルをとられ平衡を失なつて転倒したため、惹起されたもので、右段差を放置した点において、被告らには道路の設置、管理につき瑕疵がある旨主張するので、その点について判断する。

前掲乙第三号証の一、二、本件事故現場附近を撮影した写真であることに争いがなく、弁論の全趣旨から昭和四八年九月一〇日に撮影したものと認められる甲第一〇号証の一ないし四、成立について争いのない乙第一号証、第二号証の一、二、証人佐々木一成、同黒沢喜代志、同浜田発一の各証言、を総合すると、本件事故現場である都道環状七号線の現場附近は、道路中央に分離帯があり、その片側が分離帯から順次三・三メートル、三・二五メートル、〇・九五メートルの幅で白線により三区分されている(同事実は当事者間に争いがない。)が、車線としては二車線で、原告らが第一通行帯と主張する右〇・九五メートル幅の部分は、道路交通法上の「車両通行帯最外側線」の外側部分であつて、本来車両の通行を予想した車線部分ではなく、右部分のうち歩道の縁石から幅〇・五メートルの部分は街渠となつていること、そして右街渠部分は軽い傾斜をつけてコンクリートで舗装され、また車線部分は在来の路面の上に約三センチメートルの厚さでゴム入りアスフアルトコンクリートで平坦に舗装されているほか、右両者間の接続面が急激な段差ではなく、なだらかな傾斜面となるよう車線部分の端から街渠部分の約五センチメートル内側にかけてゴム入りアスフアルトコンクリートですり付けがなされ、その先端は街渠部分との間に高さ約一センチメートルのほぼ半直角に近い傾斜した段差となつていたことが認められ、原告姜相仁本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。

しかも前掲乙第三号証の一、二及び証人佐々木一成、同黒沢喜代志、同浜田発一の各証言によると、亡昌男は本件事故車を運転して進行中、衝突地点の手前約八・五メートル附近から左右にぐらつきながら進行したうえ縁石に接触して横転したものであること、事故後本件事故車のものと認められる長さ三・四メートルのスリツプ痕が前記街渠上に印されていたことがそれぞれ認められるが、右事故車のぐらつきが前記段差の存在に因るものか否か、その点に関する証人浜田発一の証言部分も同人の推測にとどまるから直ちに採用し難く、他にこれを認めるべき証拠がないのみならず、かえつて前記認定程度の段差では通常自動二輪車がハンドルがとられ、車両の平衡を失うことはないものと考えられる。

以上認定事実にもとづいて勘案するに、右認定のように本件道路は車両通行帯部分ではない歩道の縁石から約〇・四五メートルの街渠上に高さ約一センチメートルのほぼ半直角に近い傾斜をもつた段差があるにすぎず、しかも右段差が事故の原因となり得る程度のものとも考えられないし、また右段差の存在が事故の原因と認めるべき証拠もないから、右のような段差が存在するからといつて、本件道路の設置保存に瑕疵があるものということはできない。

三  そうだとするならば、原告らの被告らに対する本訴請求は、その余について判断するまでもなく、いずれも理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

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